秋の夕暮れ時に最近思う事。

わたぐも

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高台から一望する海と空。丸い夕陽が水平線に沈んでいく。
絶景だ。
ここには自分以外は誰も来ない。この景色が毎日の日常の中にある。素晴らしいことだ。

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あと3ヶ月で串本での暮らしも7年目に入る。
田舎暮らしを始めた時は何もかもが新鮮で発見だらけの毎日だった。

はじめて田舎に住所を持って、はじめての畑、はじめての雨漏り・床張り・・・。
解体されたマグロを包装をしたり、梅の収穫したり、漁師の手伝いしたり・・・。

だけど、6回も繰り返すと暮らしの中で発見できるようなものは減っていく。
そして年を重ねるごとに日々の生活はより淡々としたものになる。

・・・・。



学生の頃、淡々とした静かな暮らしを、隠遁生活みたいな日々を送りたいと思っていた。

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そういう暮らしってこんな感じだったんだな・・・・。

あの頃夢見た暮らし、それがどんなものか実感できたんだ。
縁もゆかりもなかった串本でよくこんな暮らしに行き着けたものだ。

・・・・。


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赤い。燃えるような、雲・・・。
秋だからだろうか。最近綺麗な夕暮れが多い。

・・・。


ふと東北のボランティアに行っていた時のことを思い出す。
大学を休学中、東日本大震災が起こった。
あの時、色々な被災地に手伝いに行ったのだけど最終的に宮城のとある老人ホームで手伝いなどをしていた。

そこでは自分以外にもう一人ボランティアが居て、30歳ぐらいの建築家の方だった。
ハキハキしていてエネルギー溢れるような、そんな感じの人だった。
基本的にその人とはペアで行動していて食べる時も寝る時も一緒。時々震災後の街の様子も見に行ったりしていた。

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ある時手伝いの休憩中、何気ない雑談をしていた。
窓から見える海を見てふと自分はつぶやいた。

「こんなところで海を眺めながら、ただ静かに暮らしていきたいです。」

「そうかぁ?俺は嫌だね。老後だとしても。」
「俺は常に活動していたい。こんなところで閉じ込められるなんてごめんだな。」

「・・・・・。」

確かそんな感じのことを言っていた。

その時、自分は
「海を眺めながら静かに暮らせれば、もうそれでよくないだろうか。それが自分の目標なんだけど。」
そう思った。


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そう、あの時はただ静かに、隠遁生活みたいな暮らしをずっと続けて死んでいきたい。そう思っていた。

ここでの暮らしは殆どお金を消費しない、自分が求める海・夕陽・そして音楽の環境も整っている。
この生活環境は自分にとっては最高すぎるものだと感じるが、6年近く暮らした今、どうだろう?

「ここにずっと居ていいのだろうか?」
「ここに居ても、ただ歳をとっていくだけなんじゃないだろうか?」

そう感じる事が1年前ぐらいからだろうか。
時々、出てくるようになった。

暮らしの中での発見というものは本当に年々減っていく。
もちろん、それを飽きとは表現したくはない。
なぜなら今も海や夕陽、季節の折に変わる風景や音に心地よさ・癒しを感じているからだ。

理想の生活環境でただ歳をとって死んでいけばいいじゃないか。
常に発見の毎日を追い続けるのは無理があるし、それに囚われるのはしんどい事だ。

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だけど、それだと人生勿体無いんじゃないだろうか。
命は無限じゃない。
ここに居ていいのだろうか?と少しでも感じる事があるのなら行動を起こすべきではないだろうか。
その行動の結果が傍から見たら愚かに感じるような事だったとしても。




生活を一緒にするような人や動物が居たら、毎年重ねる日々の感じ方もまた違ったのだろうか?

だけどそうではないのだ。
自分は、何もないのだから。

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僕には何もないよ。だから・・・。

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Posted byわたぐも

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